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昨年発行された暁星園創立30周年の広報誌の中で、「暁星園は正に神への愛と人間相互の愛の実践の場」であると記しています。彼のお働きの中に神への愛と、彼を通して働かれる神の愛を感じることができるように思います。今、彼の心は神の愛の中に完全に溶け込み、神と同じ愛でわたしたちを見守り励ましてくださっているとわたしは信じています。
三浦平三神父は人生ではわたしの大先輩ですが、神学校ではわたしの7年上の最上級生の先輩でした。当時は神学校の人数が多かったために、始めの4年間は市ケ谷の建物で、後半の4年間は練馬にある建物で生活していたために、三浦師とわたしが一緒に生活することはありませんでした。当時は今から50年近く前のことですので、上級生と下級生とでは、一年の違いだけでも態度や言葉遣いに気をつけなければならない時代でした。三浦師に対しては最上級生の威厳を感じていました。
そのような時代でしたが、わたしたちが神学校に入学した春に、井の頭公園に連れて行かれ、仙台教区の神学生としての心構えについて、緊張しながら長いお話を聞いたことを、話の内容はすっかり忘れてしまいましたが、彼の心だけは忘れることはできずにずっと残っていました。
この度、三浦前理事長の後を継いで、理事長の仕事をお引き受けることになりましたが、このようになるとは思ってもいませんでした。今は彼のお考えをもっともっとお聞きしておけばよかったのにと思い悔やんでおります。しかし、今わたしたちの目には見えませんが、これからも神と共にわたしたちを見守り、暁星園の行くべき道を示してくれるものと信じています。わたしは今まで教会と幼稚園で働かせていただきましたが、社会福祉法人の仕事に関しては一年生ですので、入居なさっておられる方々や職員の方々に聞きながら、及ばずながらも早く自分の役割を果たすことができるよう努力したいと思っております。
聖書には、神は人間をご自分の似姿として造られたと書かれています。しかし、神がお造りになった人間は一人ひとりいろいろな点で違います。才能や能力の面においても、健康の面においても一人ひとり違う力を与えられています。そこから考えれば、人間は本来それぞれが競争して自分だけの幸せの道を歩むべき者ではなく、互いに自分に与えられた力を出し合い、他人の喜びや痛みを感じあい、助け合って生きることこそが人の道であり、助け合って生きる人間の中にこそ、人間本来の姿、すなわち神の似姿が現れてくるのだと思います。
イエスは当時の社会の中で弱い立場にある人々に対して限りない慈しみの心を示されました。イエスの心の中に社会福祉のあるべき心が示されていると思います。暁星園がこれからもイエスに倣って歩んでこられた代々の理事長はじめ諸先輩の心を大切にして前進できますように、そしてまた、神が望んでおられることがこの暁星園で実現することを望みながら、力を合わせて歩んで行きましょう。
入居されている方々、職員の方々、また支えてくださっておられる多くの方々の上に神の祝福をお祈り申し上げます。 |